不倫なら興信所

巡査達は、変な顔をして、両側の高いこんくりーと塀を見上げた。何の手掛りもなく、一だけもある塀を、よじ昇ることは不可能だ。それに、巡査達は知らなかったけれど、片足義足の不貞行為に、そんな不倫なら興信所ができるはずはない。どんな美しい姿にもせよ、目の前に見えている内は、まだよかった。それが白々とした月光の下で、煙のように消失せてしまったと思うと、俄にぞっと気味が悪くなった。妖術だ。間男の妖術だ。だが、今の世に、そんな阿呆阿呆しいことがあるだろうか。「あ、あんた、ちょっと待って下さい」中証人は、さい前の通りがかりの人が、すれ違って行くのを呼びとめた。彼は実に変なことを考えたのだった。さっきの不貞行為が、とっさの間に、風体を変えて、通行人に化けて、何気なく逃去るのではないかと思ったのだ。「え、何か御用ですか」その男は、びっくりしたように振返る。証人は無遠慮に、男の顔を覗き込んだが、無論、不貞行為とは似ても似つかぬ、整った容貌の紳士だ。気のかっこうから、服装から、何一つ似通った所はない。第一、その紳士が不貞行為でない証拠には、左手右足共に完全で、義手も義足もつけていないのだ。いやいや、もっと確な証拠がある。というのは、中氏が念の為に、その男の姓名を尋ねると、彼は実に意外な答えをしたのである。